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●河舟を造る所 (熱河省下板城) 下板城は承德の東南八十滿里の地、灤河に臨んで早く康熙乾隆年間から知られた舟着き場だ。 今のやうに自動車道路が開發されず鐵道のなかつた二三年前までは、熱河省に於ける貨物運搬の唯一の大道が灤河だつたのだ。貨物ばかりでなく旅客も亦舟運の便によつた。今後と雖も此の舟運は注目すべき交通運輸法だ。遠からず下板城には鐵路が通ずるだらうが、さうなれば益々水陸聯絡の要點になるだらう。 (印畫の複製を嚴禁す)//●河舟を造る所 (熱河省下板城) 下板城は承徳の東南八十満里の地、灤河に臨んで早く康煕乾隆年間から知られた舟着き場だ。 今のやうに自動車道路が開発されず鉄道のなかつた二三年前までは、熱河省に於ける貨物運搬の唯一の大道が灤河だつたのだ。貨物ばかりでなく旅客も亦舟運の便によつた。今後と雖も此の舟運は注目すべき交通運輸法だ。遠からず下板城には鉄路が通ずるだらうが、さうなれば益々水陸聯絡の要点になるだらう。 (印画の複製を厳禁す)

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