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●土城(綏遠省包頭) 漢人が綏遠方面に移住したのは、滿洲人が中央侵畧してからのことである。包頭が城邑の形をなしたのは淸代のことで、現存する土城もその當時の築造に依る。遙に光る黃河の水の白線を引きたるが如きが僅かに黃褐の沙漠の單調を破つて地平線のかなたへと消江るところに、大自然の一点景として泥塼をつみ上げて一劃毎に窓穴を設けた謂ゆる女墻は、平原の町を一種の嚴めしいものにする。 (印畫の複製を嚴禁す)//●土城(綏遠省包頭) 漢人が綏遠方面に移住したのは、満洲人が中央侵略してからのことである。包頭が城邑の形をなしたのは清代のことで、現存する土城もその当時の築造に依る。遥に光る黄河の水の白線を引きたるが如きが僅かに黄褐の沙漠の単調を破つて地平線のかなたへと消江るところに、大自然の一点景として泥塼をつみ上げて一画毎に窓穴を設けた謂ゆる女墻は、平原の町を一種の厳めしいものにする。 (印画の複製を厳禁す)
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