atoingashu004
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●包頭鎭(綏遠省) 黃河の中流逶迤として流るゝところ、北に陰山々脈を負ふた西夷の街、昔は包頭を闕塞と稱し、斷江ずに韃靻人に冐された地である。漢人の勢力を得たのは咸豊年間のことで、初め近郊の腦包村に移住した時以來のことである。 今は京綏線の終端、蒙古の奥、甘肅、新疆方面からの物資が集散される。如何にも塞外の街として灰白色の土城に圍まれた淋しい町である。 (印畫の複製を嚴禁す)//●包頭鎮(綏遠省) 黄河の中流逶迤として流るゝところ、北に陰山々脈を負ふた西夷の街、昔は包頭を闕塞と称し、断江ずに韃靻人に冐された地である。漢人の勢力を得たのは咸豊年間のことで、初め近郊の脳包村に移住した時以来のことである。 今は京綏線の終端、蒙古の奥、甘粛、新疆方面からの物資が集散される。如何にも塞外の街として灰白色の土城に囲まれた淋しい町である。 (印画の複製を厳禁す)
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