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 ●苦力部落の一角(支那風俗) 苦力が每年春先山東から海を渡つて滿洲にやつて來る數は大連ばかりでも數萬に上る。彼等は船から上陸するや否や直ぐに勞働に從事する而して稍々土地に定着するやうになれば何處から集めて來たか知らぬが木材の端切れとアンペラと其處ら有り合せの泥で堀立小屋を作つて生活の根據とする。此の堀立小屋は常に或る集團をなして郊外の野ツ原や山懷に或は崖上などに時には一夜にして一部落を出現することがある。此寫眞は大連寺兒溝の海岸近き赫土の斷崖に出來たテイピカルな苦力部落である。 (印畫の複製を嚴禁す)//●苦力部落の一角(支那風俗) 苦力が毎年春先山東から海を渡つて満洲にやつて来る数は大連ばかりでも数万に上る。彼等は船から上陸するや否や直ぐに労働に従事する而して稍々土地に定着するやうになれば何処から集めて来たか知らぬが木材の端切れとアンペラと其処ら有り合せの泥で堀立小屋を作つて生活の根拠とする。此の堀立小屋は常に或る集団をなして郊外の野ツ原や山懐に或は崖上などに時には一夜にして一部落を出現することがある。此写真は大連寺児溝の海岸近き赫土の断崖に出来たテイピカルな苦力部落である。 (印画の複製を厳禁す)

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