中国木偶戯関係写真資料データ・ベース


 本データ・ベースには、1994年から2014年まで、主に中国大陸(一部台湾および香港)特に浙江省での木偶戯調査の写真6112点を収録する。撮影者は、馬場英子および共同研究者の瀬田充子である。撮影者名は各写真の著作権表示欄に逐一標記されている。
 伝統芸能として、浙江省舟山群島では、伴奏者二、三名を伴って一人で演じる指遣い人形芝居――布袋木偶戯が、温州地区では、伴奏もすべて一人で演じる指遣い人形芝居――単档木偶戯、及び糸操り人形芝居――提線木偶戯が、神への奉納と人々の娯楽として、今なお上演されている。ここでは、木偶戯の上演風景を同時に行われる民俗行事などとあわせて撮影記録したもの、および演目を指定して、注文上演してもらい、芝居の全容を撮影記録したものを載せる。
 注文上演記録には、浙江省舟山の布袋木偶戯、侯家班による「白兎記」(五代後漢初代皇帝劉知遠とその妻李三娘の苦難の一代記)、「月唐演義」(玄宗皇帝から粛宗に至る盛唐の歴史を郭子儀将軍の一代記として描く)、及び浙江省温州蒼南県の単档木偶戯、黄朱璜主演の「粉粧楼」(唐建国の英雄の子孫たちの戦いと愛情の物語)などがある。いずれも講史の伝統を受け継ぎ、上演に数日を要する長編である。ほかに「天官賜福」を代表とする、短編祝賀劇、還願(願解き)戯数片などがある。

1白兎記、李三娘あるいは劉知遠
1除妖得宝 2投軍 3裏応外合 4李三娘推磨・岳彩珍賜宝衣 5磨房産子 6劉咬臍認母(3日、6段)

 貧しい出身の劉知遠は、長者の娘李三娘と結婚するが、出世を願い、身重の妻を残して并州で軍に投じる。再婚を拒否した三娘は、兄夫婦のために水汲み碓ひきの奴隷労働をさせられる。三娘は自ら赤子の臍を噛み切って男児を出産。咬臍郎と名付けた息子は并州の劉知遠の元に送られる。劉知遠は、岳元帥の娘岳彩珍の婿におさまっているが、侵略軍との戦いで帰郷を果たせない。15年後、成長した咬臍郎は狩に行き、土地神の化身の白兎に導かれて水汲みする母と再会。息子の話を聞いて、劉知遠は妻を救出に行き、三娘と再会を果たし、石敬塘の後を次いで皇帝となる。「白兎記」は劉知遠一代記の歴史物として、また「李三娘推磨」とも呼ばれ、李三娘の苦難の物語として、農村女性の共感を呼ぶ人気演目であった。なお、潮劇の「白兎記」はこちらから動画がご覧いただけます。
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